Speak_Like_A_Child.jpgHerbie Hancock / Speak Like a Child

ハービー・ハンコックは今年(2008年)で68歳になったそうです。もうすぐ70歳になるにも関わらず今年の第50回グラミー賞で2007年発表の新作River: The Joni Lettersがアッサリと最優秀アルバムを受賞してしまうあたり、この人はもしかすると1世紀まるまる音楽の最前線に居続けるんじゃないかと考えさせられてしまうのです。

「ハービー・ハンコックは何人かいるんじゃないか」というのは僕がジャズを聞き始めた頃常々思っていたことでした。というのも僕はもともとクラブミュージックから入った人間で、僕の中でのハービー・ハンコックというのはGrandmixer DSTのジュキジュキスクラッチとブレイクビーツ、そしてロボットの足が不気味に動き回るPVでおなじみの「Rock it!」の人だったわけです。

そんなハービー・ハンコックを「ヒップホップの人」だと思っていた僕がこのアルバムを聞いたら当然嘘だとしか思えないワケです。こんな繊細でトロけてしまいそうな音の中のどこにハービー・ハンコックがいるんだという話です。こんな戸惑いも今となっては懐かしい限りですが、若い人間が名盤と言われた昔の作品にたくさん触れるということでこのような新しい発見に出会えるということはなかなかお得な体験では無いかと感じます。

僕がジャズを聞き始めた頃は完璧なジャケ買いでしたが、今思ってみてもジャズというのはもっともジャケ買いの成功確率が高いジャンルだと感じます。特にこちらの作品はハンコック作品の中でも最もアートワークとの親和性が高く、まさに僕にとって期待していた音でした。

「子供のように」というタイトルのとおりこの作品は全編が繊細なタッチで構成されているものの、ハービー・ハンコックのピアノ演奏から子供のような純粋さや好奇心が滲み出しており、それらが絶妙な塩梅で混ぜ合わされています。その結果、上品で高級感がありかつ純粋さを併せ持つというブラック・ミュージックとしてのジャズから実にさりげなく跳躍した名盤です。

個人的にこの一枚はハービー・ハンコックの人間性やセンスを一番感じることが出来るのではないかと思っています。この作品のベースになっている「美しさ」と「好奇心」は彼の音楽の全てに共通しており、ジャズファン達から大いに非難されたのちの問題作Head Huntersには、彼の好奇心がたっぷり詰まっており高速ブレイクビーツが思う存分楽しめるクラブミュージックファンにもオススメできる第名盤なので推しておきます

51SNkKclq8L._SS500_[1].jpgのサムネール画像電気グルーヴ / J-POP (初回生産限定盤)

まずこのジャケットのアートワークを見てやってください。ここまでコンセプトとクオリティが完璧に融合したCDジャケットはそうそう見ることが出来ません。80年代の日本人のアイドル観を悲壮感タップリで綴って見せた少年ヤングのPVもそうでしたが、電気の本質をズバリ見抜いた優秀なビジュアルデザインには盛大な拍手を送りたいと思います。

実のところ僕は"石野卓球"は好きだけれども"電気グルーヴ"は嫌いだという、まあこの記事をご覧になっている方のほとんどからして見て僕は中二病全開の痛い子なのであります。

というのも僕は電気の大名盤ORANGEの中の「誰だ!」のインスト部分のビートが卒倒するほどカッコよくて大好きで、歌詞も大好きで、シャウトも展開も大好きで、結局好きなんじゃねえかといった感じなのですが、それら全てが組み合わさって電気サウンドになると「勘弁してくれ」という状態になってしまうのです。それこそ「こんなのテクノじゃねーよ」とヘッドフォンを放り投げるガラスのハートの高校時代を過ごしてきたテクノ少年だった僕ですが、実際のところその考えは間違っていなかったのです。

そんなわけで8年振りとなる電気グルーヴのニューアルバム「J-POP」なのですが、アルバムタイトルに込められた石野卓球の願い(皮肉)もむなしく今作も思いっきりクラブ/テクノコーナーに陳列されておりました。しかしながら一聴してみたところテクノコーナーにJ-POPを陳列した某HMVの判断は正しかったのではないかと思わされました。

まず今作は電気特有の強烈なボーカルやギャグセンスがトラックを「食って」いませんでした。全てがテクノミュージックの枠にキッチリと収まっていて、かつ一曲一曲にムンムンに漂う「電気臭」を強烈に感じることができます。吹き出すような歌詞もシャウトも出てきませんが、「ああコレは電気しか作れない」と何度も思わせてくれるサウンドメイキングは流石です。

ところで僕にとって電気グルーヴで頭を空っぽにして聞いてみたときに「ああ、いい」と思わせてくれたのは今作が初めてです。NijiでもShangri-Laでも特に反応しなかった僕がこのJ-POPには揺さぶられました。というのも重要なのは「少年ヤング」と「モノノケダンス」がアルバムヴァージョンとして焼き直されている点で、この2曲のアルバムヴァージョンが見事にアルバムカラーに合っているのです。特に「モノノケダンス」のアルバムヴァージョンは本当に素晴らしいです。まさに脳天直撃でございました。

で、シングル曲がニューバージョンで収録されてアルバム全体の完成度を上がったのは分かったけれど「少年ヤング」と「モノノケダンス」のオリジナルバージョンはどこで聞けるの?というとDISK2のDVDに入ってるんですね。今回の手の施しようときたらもう何もかも完璧じゃないんですかと思わされるくらいの充実っぷり&屈指の完成度です。

個人的には、本当に個人的な意見なのですが次回作があるのならもうVOXXXのようなことはやらないで欲しいと思ったり、どうせやるわけ無いか、と思ったり致します。テクノ好きだけど電気は嫌いだという僕のようなひねくれボーイに是非聞いてもらいたい衝撃の新作でございました。

cd_rca_spacy.jpg山下達郎 / SPACY (Remaster)

どういうワケか僕の周りには「日本人が作る音楽」を全否定する人が結構いまして、「日本人のロックなぞ存在しない」とか、「日本人にアーティストなんていない」とか(これは僕の母親なんですけれども)、そこまで強情で無い人でもJ-POPを一緒くたにしてとりあえず終わっていると宣言してみる人はとても多いと実感します。

そのような意見は個人の感想なので自由なのですが、やっぱりそれを断言するには相当な覚悟が必要だな、ということをこのアルバムを聞きながらふと思いました。

山下達郎といえば最近(2008/3/12発売)ずっと一緒さというシングルが出たのですがもちろん速攻で買いに行きました。CMでやっていたカップリング曲のAngel of the lightが目的だったのですが、シングルなのにこれがアルバム並の充実度なんですね。1年ぶりくらいに心の底から買ってよかったと思えるCDに出会えました。

現在では山下達郎氏は音楽性を独特の達郎カラーにまで昇華させ、老若男女に愛されるサウンドを生産していますが、彼の音楽にはソウルやファンクといった黒人音楽がベースにあり、1976~1978年頃の彼の音楽にはそれが色濃く現われ、凄まじく黒く、グルーヴィで、かつそれをポップにまで昇華しているという点でまさに傑作だらけです。

その絶頂期にあった頃に作られたのがこちら、セカンドアルバムのSPACYです。発売当時はアナログ盤だったので現在ではCDにリマスターされております。

このブログでオススメする曲はやはりA面最後のDANCERになるでしょう。村上"ポンタ"秀一の手による強烈なブレイクビーツで始まり、ディレイがかった山下達郎の独白的な叫びがオーバーダブされ、そこに細野晴臣の弾くベースが彩りを添えるのです。サビまでの展開とサビ後の構成の強弱と抜き差し、全てが鳥肌ものです。J-FUNKの代名詞として山下達郎が挙げられる理由が一瞬で分かってしまう素晴らしい曲です。

このアルバム全部が完成されたポップミュージックであり、さらに村上"ポンタ"秀一、松木恒秀、佐藤博、吉田美奈子、坂本龍一、細野晴臣という豪華すぎる音楽のエキスパート達が参加していることが分かったのなら、これこそが日本人のアイデンティティに満ちた日本人の音楽であると断言できると思われます。

チャーなど日本人のロックが盛り上がりを見せていた頃にこのアルバムを山下達郎が作り上げたことに当時の音楽への信念と情熱を感じることができます。

山下達郎の真っ黒ファンク曲はこのアルバムのDANCERやSOLID SLIDERのほか、Windy LadyやBomberなど数多くありますのでチェックです。(Bomberは初めて聞いたとき腰抜かしました)

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Eddie Hazel / Rest In P (Purple Hazel)

私は「ジミヘンだけ」の人とはあまり関わってはいけないと思いますが、「ジミヘンとエディ・ヘイゼル」を挙げる人であればどんどんお勧めの音楽を教えてもらったりCDを借りさせてもらったりするべきだと思います。

こちらは92年に逝去したファンカデリックの最重要ギタリストであるエディ・ヘイゼルの未発表曲集です。市場にはPurple Hazelで出回っているようですが、せっかく意味深ないいタイトルがついているのでこちらで紹介したいと思います(PはもちろんP-FUNK周りのPでしょう)。

FUNKをほざく上で必ず出てこなければならないのがジョージ・クリントン率いるP-FUNK軍団であり、パーラメントとエディが参加していたファンカデリックというユニットです。サイケ色が強いロックよりのファンクミュージックを展開した彼らのサウンドや、宇宙との繋がりを意識する思想はのちのテクノ・ミュージックの誕生とも関わりが非常に深く、音楽が好きであれば聞いておきたいところだと思われます。

エディ自身ジミ・ヘンドリックスの影響を多分に受けており(トラック3のサブタイトルPurple Hazelはジミヘンの名曲Purple HazeとEddie Hazelを組み合わせた造語)、サイケなギターサウンドを得意としますがサウンド自体は全く異なりFUNKを背負ってきたエディのほうはグルーヴに満ちており自然と体が揺さぶられます。

こちらのCDは未発表曲集ということになってますが、ファンクのインストCDでは個人的にこれ以上のものを知りません。CD前半のそこらじゅうに見られる独特の「ハズシ」や「ズッコケ」は美学と言ってもいい出来で、今まで触れたことの無い曲の構成に卒倒されます。さらに実感させられるのがエディのギターの実力、サイケなワウギターは、ファンクの時はリズムで弾き、時にぐっとためる。涙を誘うスローナンバーのときはまさに口でメロディを歌うように流れるように弾いてくれます。

CDの帯には「全身の細胞で聞け」なんてでかでかしく書いており、ビクター広報の熱いスピリッツを感じることができます。個人的にはよく言う「墓場に持って行きたい」系の感慨深い一枚です。(Amazonのリンクを見たら47934円でさすがに笑いました)エディ・ヘイゼルを深く知りたいのであればファンカデリック作品を聞くのが一番早いと思われます。

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Michael Jackson / Dangerous

2008年2月28日、マイケルジャクソンの家「ネバーランド」が3月に差し押さえられてしまうかもしれないというニュースが入ってきました。ちょうど最近スリラー 25周年記念リミテッド・エディションなんてものを発売してアーティストとして見直されるチャンスでしたが一ヶ月も経たないうちにゴシップキングに逆戻りとなってしまいました。

普通なら今回時期的にはスリラー25周年のほうを書くのが普通なのですが、マイケルのCDにファーギーやらカニエウエストなんてクレジットが並ぶだけで吐き気を覚えるマイケルのファンは結構いるわけで、僕もその一人であり買ったのですが「お勧めできるCD」ではなかったので当然ここには書けません。また考えようによってはネバーランドを象徴するような絢爛なジャケットやアルバムタイトルなどこちらのほうが時期的かもしれません。

こちらのDangerousはマイケルジャクソンの音楽がクラブ・ミュージックへ大きくシフトしたことを象徴するアルバムで、過去の作品とバッサリ線引きをしたようにサウンドワークの圧倒的な進化が見られます。当時名の知れたエンジニアを掻き集めて作られたこのモンスターアルバムのサウンドは不気味なくらい音のヌケが良く、どんな安いスピーカーで聞いてもキレイに聞こえるのです。

一曲目「Jam」の頭で入るガラスの破裂音にはこのCDの完璧かつ積極的なエンジニアリングが集約されており、このアルバムがいかにとんでもないものか簡単に想像させられてしまいます。その他にもドラム周り全般の音圧、また「Black or white」の冒頭のドアのノック音などおそらく1991年当時の技術力をこの一枚に集めたと言っていいのではないかと思います。特にJamやIn the closetのサウンドメイクや緻密に組み込まれたブレイクビーツは圧巻で、またトラッカーやエンジニア志望の方は確実に必聴であると断言できます。

前作「Bad」まではクインシー・ジョーンズのプロデュースであり、「Thriller」の一作前にあたる「Off the Wall」も担当しています(「Off The Wall」は人類史に残る名盤なので改めて書きたいと思います)。マイケルと組んで名盤しか生み出さなかったクインシー・ジョーンズのタッグを解消したことは個人的に残念に思いますが、このアルバムで共同プロデューサーとなったテディ・ライリーがマイケルと目指した音というのは正解だったと思いますし、クラブ・ミュージックが一般的に認知されている現在このサウンドワークは時代の先を読んでいたということもできると思います。

マイケルジャクソンは音楽、映像ともに常にテクノロジーの最先端にありました。というワケで80年以降の音楽と映像の技術革新を堪能したいのであれば、マイケルジャクソンのCDを聞いて、PV集を見るだけでいいのです。このブログをご覧の方にはビートルズよりマイケルジャクソンを薦める人になって欲しいと思って止みません。

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Cobblestone Jazz / 23 Seconds

新譜はこのブログでは書く気は無かったのですが、天才というのは現在においても生まれ続けているわけで、本当にいい音楽だったのならそれをあえて避けるということはかえって不自然だと思いましたのでご紹介したいと思います。

とにかくこの一枚は衝撃でした。

僕はこのCDを聞くまで”宇宙と繋がることが出来るテクノ”を作れるのはサブマージのURとかLOS HERMANOSあたりのデトロイトの闇を背負ったアーティストだけなんだと勝手に思っておりましたが、この白人3人組ユニットCobblestone Jazzは実にあっさりと”宇宙と繋がって”見せました。

もちろん彼らにそのような宇宙思想があるのかないのかそこまでは分かりませんが、生演奏主体の即興であること、テクノでありながら人を包み込むような優しさを含んでいること、暗く抽象的なフレーズを含むこと、これらはデトロイト・テクノのjazzやfunkなどの「全ての音楽様式を含む」というそれとほぼ同じであり、テクノの枠では収まりきれない思想めいた響きを持つ音楽であることは間違いありません。

Cobblestone Jazzの演奏は素晴らしいというほかありません。ミニマルテクノ・ミュージックの土台を備えていながら印象的で、抽象的なフレーズを奏で続けます。この音楽は体が自然に動き出すというよりは、じんわりと体内リズムに染み込んできて知らぬ間に聞いていることを忘れているほど人間に優しい自然な存在感を持っています。

「テクノを聞きたい」では無く「音楽を聞きたい」ときに聞き続け、ディスク2のライブCDはこの5ヶ月で30回聞いていました。このCDは間違いなく私の2007年ベストです。(次点はヴィラロボスのFabric38)

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Brother Jack McDuff / Moon Rappin'

世の中には何十時間も聞いていられるCDは結構あります。内容が素晴らしいCDというのはもちろんその数よりも遥かに多いですが、その全てのCDが何十時間も聞けるか、といえばそうでもありません。

華のBlue Note4000番台にありながら、敏腕オルガン奏者Jack McDuffの渋い演奏が光っていながら、このイっちゃってるとしか思えない神がかり的なジャケットがありながら、ディスクレビューではページの調整なんかで2~3行しか書いてもらえないという非常に不遇な一枚です。

全体の内容は曲ごとにリスナーを振り向かせるような刺激的な抑揚は特に無く、ただ淡々とそれぞれが下を向いて40分演奏に没頭しているような感じなのですが、この見事に統一されたバックグラウンドに徹する彼らの姿勢は鳥肌が立つほどカッコイイし、勇ましいです。

曲調はジャズとファンクを混ぜて濃度を薄くした感じで、もう何回でも聞けてしまいます。アメリカ産刑事ドラマの喫茶店のシーンなんかでよく流れていたようなイメージがありますが、それとも若干違うような感じはあります。

僕がこの一枚に強く惹かれたのは何と言っても埃臭さすら感じる砂っぽいサウンドです。1ではいきなり強烈なブレイクビーツからスタートするんですが、その乾きまくったカラッカラのドラムサウンドにセンドリターンのライン入力錆ついちゃってるんじゃねえの?というくらい不気味に濁ったエコーがかかったワウギターが絡んでくると、ヒップホップをカジっている人達はもうすでに無意識のうちにMPCを立ち上げているわけです。

そしてこのS/N比低すぎな渋いサウンドにJack McDuffのオルガンは異常にマッチするんです。砂漠に水撒いてるような感じで、CDが終わる頃には「ああもっと、もっと水が欲しい」という感じでリピートしてしまうのです。それでたまにジャケットに目が入ってしまったりすると、もう止まらない。何故かもう延々に流さなければいけないという強迫観念に駆られ、そのうち本当に喉が渇いてくるのです。

というわけでこのCDをかけながら酒を飲むなんていうことは贅沢すぎるので自重するべきだと思うのでした。